将来に向けた貯蓄計画の見直しをデザイン思考で実践した記録
はじめに:漠然とした将来への不安とデザイン思考
40代が近づくにつれて、自身の将来に対する漠然とした不安を感じる機会が増えてきました。特に経済的な側面に目を向けると、「このままで大丈夫なのだろうか」という疑問が常に頭の片隅にありました。定年後の生活、子供の教育資金、両親の介護など、具体的なライフイベントを考えると、現在の貯蓄や資産形成のペースでは十分ではないように思えたのです。
単に節約を始めたり、投資をしたりといった個別のアクションを取ることも可能ですが、それでは根本的な不安の解消にはつながらないと感じていました。なぜなら、そもそも「何のために」「どれくらい」貯める必要があるのか、そして自分にとって「納得のいく将来」とはどのようなものか、といった点が不明確だったからです。
そこで私は、仕事で触れる機会のあるデザイン思考を、この個人的な課題に適用してみることを思い立ちました。デザイン思考は、表面的な問題ではなく、ユーザーの本質的なニーズや課題を深く理解することから始めるプロセスです。これを自分自身の将来や経済状況に適用することで、単なる数字の目標設定にとどまらず、自分にとって本当に価値のある経済的な安定や豊かさとは何かを明確にできるのではないかと考えたのです。この試みは、デザイン思考のフレームワークを自身の内面や個人的な状況にどう翻訳し、活用できるかを探る良い機会でもありました。
課題の深掘り:自分自身と向き合い、将来を「共感」する
デザイン思考の最初のステップは「共感(Empathize)」です。通常はユーザーへの深い理解を目指しますが、今回の対象は自分自身、そして共に将来を歩む家族です。自分自身の将来への不安の根源を探るため、まずは内省から始めました。
なぜ不安なのか。それは、将来像が不明確であること、具体的な目標がないこと、そして現在の状況を正確に把握できていないことに起因していると気づきました。過去の経済的な意思決定を振り返り、何がうまくいき、何がうまくいかなかったのかを冷静に分析しました。感情的な衝動買いや、根拠の薄い情報に基づく投資判断など、自身の行動パターンにも課題があることが見えてきました。
次に、パートナーとじっくりと話し合う時間を設けました。お互いが将来に対してどのような希望や懸念を持っているのか、どのようなライフスタイルを送りたいと考えているのか、価値観の違いはどこにあるのか。これまでの夫婦間での「お金の話」は、日々の出費や短期的な貯蓄目標に限られることがほとんどでしたが、今回はもっと長期的な視点で、お互いの夢や不安、そしてそれを実現するための経済的な土台について深く語り合いました。この対話を通じて、私一人では気づけなかった視点や、夫婦としての共通の願いが明らかになりました。
デザイン思考のフレームワークを個人的に応用する試みとして、未来の自分や家族を仮想的な「パーソナルペルソナ」として描き出すことも行いました。例えば、「20年後の穏やかな週末を過ごす自分」「子供が大学に入学する頃のパートナー」といった具体的な姿を想像し、その時の感情や必要となるであろう経済的な状況を具体的に描写してみました。また、今後起こりうる大きなライフイベント(住宅購入、リタイア、親の介護など)を時系列でプロットし、それぞれのイベントに紐づく感情や経済的影響を推測する「ライフイベントジャーニーマップ」のようなものも作成しました。これらの作業を通じて、漠然とした不安が、より具体的な「何に」「いつまでに」「どれくらい」備える必要があるのか、という問いへと形を変えていきました。これが、次の「問題定義(Define)」フェーズへの移行につながります。
問題定義:解決すべき真の課題を明確にする
「共感」フェーズで得られた内省と対話、そして未来の自分や家族の可視化を通じて、解決すべき真の課題を定義する段階に進みました。当初の「将来の経済的な不安」という漠然とした悩みは、より具体的な課題群として整理されました。
例えば、 - 「理想とするライフスタイル(例えば、年に一度の家族旅行、特定の趣味への投資)を実現するために、具体的な必要資金と準備ペースが不明確である」 - 「リスク許容度と将来目標に合致した、持続可能な資産形成の方法が見つけられていない」 - 「日々の支出管理がおおまかであり、どこに無駄があるのか、どこを改善できるのかを把握できていない」
といった具合です。これらの課題は互いに関連していますが、それぞれに対して個別の解決策を考える必要があります。最も重要だと感じたのは、「単に貯蓄額を増やすこと」自体が目的ではなく、「経済的な安心感を持って、将来の選択肢を広げること」が本質的な目的であるという点です。つまり、解決すべき課題は「将来の目標達成に必要な経済的基盤を、自分と家族が納得できる形で構築するプロセスを設計し、実行すること」であると定義しました。
この段階で、デザイン思考の「POV(Point of View)」のような考え方を適用し、「〇〇な人(自分や家族)は、△△(将来の目標や希望)を実現するために、××(現在の課題や壁)があるため、□□(満たされるべき本質的なニーズ)を必要としている」といった形で、課題を再言語化する試みも行いました。これにより、感情的な不安から一歩離れ、客観的に捉えるべき課題の構造が見えてきました。
アイデア創出:多様な解決策を模索する
定義された課題に対して、次に「アイデア創出(Ideate)」フェーズに移りました。ここでは、できるだけ多様な視点から、常識にとらわれない解決策のアイデアを幅広く出すことを意識しました。
課題が「将来の目標達成に必要な経済的基盤の構築プロセス設計と実行」であるならば、考えられるアイデアは多岐にわたります。例えば、収入を増やす方法(副業、スキルアップ)、支出を減らす方法(固定費見直し、家計管理ツールの活用)、資産運用方法(投資信託、不動産、iDeCo、NISAなど)、知識習得の方法(書籍、セミナー、FP相談)などです。
これらのアイデア出しは、一人でのブレインストーミング形式で行いました。ノートに思いつく限りのキーワードやフレーズを書き出し、関連する情報をインターネットで調べ、友人の経験談なども参考にしました。この段階では、実現可能性や難易度は一旦脇に置き、とにかく多くの選択肢をリストアップすることに集中しました。
ある程度アイデアが出揃った後、それらをグルーピングし、それぞれのアイデアが「収入を増やす」「支出を減らす」「資産を運用する」「知識を増やす」といったどの課題群に貢献するかを整理しました。そして、それぞれのアイデアについて、自身のスキルレベル、現在の経済状況、リスク許容度、そして何よりも「自分自身が興味を持って続けられそうか」という観点から評価を行いました。
例えば、副業は収入増に直結しますが、自身の時間や労力とのバランス、興味の持続性が鍵となります。投資も有効な手段ですが、どのような金融商品を選ぶか、リスクをどの程度取るかによって、必要な知識量や精神的な負荷が異なります。全てのアイデアを同時に実行することは不可能であり、また、自分にとってフィットしない方法は継続が難しいと考えたため、この絞り込みのプロセスは非常に重要でした。最終的に、いくつかの有望なアイデアを絞り込み、次のステップである「プロトタイプ作成」に進む準備を整えました。
プロトタイプ作成とテスト:小さな一歩を踏み出し、試行する
絞り込んだアイデアを、実際に試すための「プロトタイプ」として具体化し、「テスト(Test)」する段階です。デザイン思考におけるプロトタイプは、必ずしも完成品である必要はなく、アイデアの核となる部分を素早く形にし、フィードバックを得るための試作品です。個人的な課題においては、これは「具体的な行動計画と実行」に当たります。
私の場合は、以下のようなプロトタイプを設定し、順次実行に移しました。
- 支出管理プロトタイプ: 無料の家計簿アプリをダウンロードし、1ヶ月間全ての収入・支出を記録する。→ 意図: 自身の支出パターンを正確に把握し、改善点を見つけるため。
- 情報収集プロトタイプ: 資産形成に関する初心者向けの書籍を2冊読む。特定の投資商品(例: 投資信託)について、信頼できる情報源から基本的な仕組みとリスクを調べる。→ 意図: 漠然とした知識不足を解消し、次のステップの判断材料を得るため。
- 節約行動プロトタイプ: 週に一度のノーマネーデーを設定してみる。コンビニでの買い物を週3回までに制限する。→ 意図: 小さな成功体験を積み重ね、支出への意識を変えるため。
- 少額投資プロトタイプ: 積立NISAの口座を開設し、月々数千円の少額から特定の投資信託を積み立ててみる。→ 意図: 実際の投資プロセスを体験し、市場の変動や手続きに慣れるため。
これらのプロトタイプは、それぞれ期間を限定したり、規模を小さくしたりして、リスクを抑えながら実行しました。例えば、家計簿アプリは最初の1ヶ月で効果を判断し、継続するか、別のツールに切り替えるかを決めます。投資も、最初は無理のない少額から始め、慣れてきたら金額を増やすことを考えます。
実際にこれらのプロトタイプを試してみると、計画通りに進むことばかりではありませんでした。家計簿はつけ忘れる日もありましたし、ノーマネーデーは誘惑に負けることもありました。投資は始めた途端に評価額がマイナスになり、心理的な影響を実感しました。
しかし、デザイン思考のテストフェーズの目的は、計画通りに進むかを確認することだけではありません。重要なのは、実行してみて何が起こったか、自分がどう感じたか、予期せぬ発見はあったかといった「フィードバック」を収集することです。家計簿をつけることで、食費や交際費に予想以上の金額を費やしていることに気づきました。書籍を読むことで、投資に対する漠然とした恐怖心が和らぎ、仕組みを理解すればリスクを管理できることが分かりました。少額投資によって、ニュースの見方や経済への関心が高まるという副次的な効果もありました。
これらの具体的な経験とそこから得られた気づきは、次の行動を決定するための貴重な情報となります。うまくいかなかったプロトタイプからは、なぜ失敗したのか、どうすれば改善できるのかを考えます。うまくいったプロトタイプからは、それを継続・拡大するための方法を探ります。この iterative(反復的)なプロセスこそが、個人的な課題解決においてもデザイン思考が力を発揮する部分だと実感しました。
結果と学び:プロセスを通じて見えてきたもの
一連のデザイン思考プロセスを経て、当初の「漠然とした将来への経済的な不安」は大きく軽減されました。これは、一夜にして資産が劇的に増えたからではありません。プロセスを通じて、自身の課題が明確になり、それに対する多様なアプローチがあることを知り、そして小さな一歩を踏み出して具体的な行動を試すことができたからです。
「共感」と「問題定義」フェーズで、自分自身や家族の価値観、将来の希望、そして現状の課題を深く掘り下げたことは、単なる貯蓄額の目標設定を超えた、経済的な活動の「目的」を明確にすることにつながりました。「何のために貯めるのか」が明確になったことで、その後のアイデア出しや行動選択に一貫性が生まれ、モチベーションを維持しやすくなりました。
「アイデア創出」フェーズでは、解決策は一つではないこと、そして自分に合った方法を選ぶことの重要性を再認識しました。数ある選択肢の中から、現在の自分にとって実行可能で、かつ興味を持って続けられそうなものを選び出す作業は、無理なく持続可能な計画を立てる上で不可欠でした。
そして、「プロトタイプ作成」と「テスト」フェーズは、このプロセスの中で最も実践的で、多くの学びを得られた部分です。頭の中で考えているだけでは気づけなかった現実的な課題や、自分の感情的な反応に直面しました。家計簿をつけることの面倒さ、投資の評価損益を見ることへの心理的な影響、小さな節約の成功による喜びなど、具体的な体験を通して得られたフィードバックは、その後の行動計画を修正・改善するための貴重なデータとなりました。計画通りに進まなかったこと自体も、学びの一部です。なぜうまくいかなかったのかを分析し、別の方法を試すという「テスト&ラーン」のサイクルを回すことが、前進につながることを実感しました。
この実践を通じて、デザイン思考を個人的な課題に適用することの有効性を強く感じました。特に、感情的になりがちな個人的な悩みに対して、共感・問題定義という段階を丁寧に踏むことで、課題を客観的に捉え、本質を見抜く力が養われると感じます。また、プロトタイプとテストというステップは、完璧な計画を立ててから一気に実行するのではなく、小さな実験を繰り返しながら軌道修正していくアプローチが、変化の多い個人的な状況にはより適していることを示唆しています。
一方で、限界も感じました。デザイン思考はあくまでプロセスであり、外部環境(経済状況、市場変動など)や予期せぬ個人の状況変化(病気、転職など)といった不確実性まではコントロールできません。また、自身の深い感情や無意識の行動パターンなど、自己分析だけでは限界がある部分もあります。そういった点においては、専門家のアドバイスを求めたり、他者との対話から新たな視点を取り入れたりといった補完的なアプローチも重要だと感じています。
結論:個人的な課題解決におけるデザイン思考の価値
今回の、将来に向けた貯蓄計画の見直しという個人的な課題に対するデザイン思考の適用は、多くの示唆を与えてくれました。単に経済的な目標を達成することだけではなく、そのプロセスを通じて自分自身の価値観や行動パターンを深く理解し、不確実な未来に対する向き合い方を学ぶ機会となりました。
デザイン思考は、ビジネスにおけるプロダクトやサービスの開発に用いられるイメージが強いかもしれません。しかし、顧客を自分自身や家族、解決すべき課題を自身の悩みや目標と捉え直すことで、個人的な生活の質の向上、キャリアパスの設計、人間関係の改善、趣味の深化など、様々な領域に応用できる可能性を秘めていると確信しています。
個人的な課題に取り組む際、私たちはしばしば感情に流されたり、表面的な解決策に飛びついたりしがちです。しかし、デザイン思考のプロセス、特に共感と問題定義の段階を丁寧に踏むことで、課題の根源を深く理解し、本当に解決すべきことを見極めることができます。そして、アイデア創出で多様な可能性を探り、プロトタイプとテストで小さな一歩を踏み出し、試行錯誤を繰り返すことで、自分自身にフィットする持続可能な解決策にたどり着くことができるのです。
もしあなたが、自身のキャリア、人間関係、健康、趣味など、個人的な領域で何らかの悩みや目標を持ちながらも、どう取り組めば良いか迷っているとしたら、ぜひ一度、デザイン思考の考え方を適用してみることを検討してみてはいかがでしょうか。まずは、ご自身の悩みや目標に対して、「なぜそう感じるのだろう」「本当に解決したいことは何だろう」と問いかけ、自分自身を深く「共感」するところから始めてみることをお勧めします。小さな一歩が、より豊かな未来をデザインするための大きな一歩となるかもしれません。