自身の「片付けられない」課題にデザイン思考を応用した実践プロセスと学び
はじめに:個人的な課題としての「片付けられない」
私には長年、「片付けられない」という個人的な課題がありました。特に自宅のデスク周りや共有スペースは、気づくと書類やモノで散乱している状態でした。仕事においては整理整頓を心がけているつもりでしたが、なぜかプライベートではうまくいきません。この状況は、探し物に時間を取られたり、集中力が削がれたりするだけでなく、急な来客をためらってしまうなど、生活の質に影響を与えていました。
この「片付けられない」という漠然とした悩みに、何か構造的にアプローチできないかと考えたとき、仕事で触れる機会のあったデザイン思考が頭をよぎりました。デザイン思考は、ユーザーの共感から始まり、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ、テストというプロセスを経て、課題解決を目指すフレームワークです。これを自分自身の課題に適用することで、表面的な解決ではなく、根本的な原因にアプローチできるのではないかという期待がありました。この記事では、「片付けられない」という個人的な課題に対し、デザイン思考の各フェーズをどのように適用し、どのような試行錯誤を経て、何を得たのか、その実践記録を共有いたします。
課題の深掘り:共感と問題定義フェーズの実践
デザイン思考の最初のステップは「共感」です。自分自身の「片付けられない」という状態について、客観的に観察し、その裏にある感情やニーズを理解しようと試みました。
まず、なぜ片付けられないと感じるのか、具体的な状況を内省しました。「モノを捨てるのが苦手」「どこに何を置けば良いか分からない」「片付けを始めてもすぐに集中力が途切れる」といった具体的な状態を書き出してみました。また、片付けられないことによってどのような不便やストレスを感じているのか、深く掘り下げました。探し物に費やす時間、散らかった空間がもたらす精神的な圧迫感、人を自宅に招きづらいことによる社交機会の損失などです。
この段階で役立ったのは、自身の状況を「観察」し、自分自身をユーザーと見立てる視点でした。単に「片付けなきゃ」と考えるのではなく、「片付けられない自分」の行動パターンや思考を観察し、その背景にある感情や無意識の行動原理を探りました。
次に「問題定義」フェーズです。共感フェーズで得られた観察と内省に基づき、解決すべき真の課題を明確にしました。単に「部屋をきれいにする」こと自体を目標にするのではなく、片付けられないことによって生じる「探し物が多い」「集中できない」「気持ちが落ち着かない」といった具体的な不便や精神的な負担こそが、解決すべき本質的な課題であると定義しました。
例えば、「探し物が多い」という課題の背景には、「モノの定位置が決まっていない」「使った後すぐに戻さない」といった行動パターンがあることが見えてきました。また、「気持ちが落ち着かない」という課題は、物理的な散らかりだけでなく、「いつか片付けなければならない」というタスクの山がもたらす精神的な負担が大きいことも認識しました。このように、表面的な「片付けられていない状態」ではなく、それによって引き起こされる具体的な問題や感情に焦点を当てることで、解決策を考える上での方向性が定まりました。
解決策の模索:アイデア創出フェーズの実践
定義した課題に対し、多様な解決策を「アイデア創出」フェーズで考えました。ここでは、既成概念にとらわれず、自由な発想を心がけました。一般的な片付け術に関する情報収集に加え、自身の生活スタイルや性格を踏まえたユニークなアイデアも検討しました。
例えば、「探し物が多い」という課題に対しては、「モノ全てにQRコードを付けてスマホで管理する」「使う頻度に応じてモノの保管場所を階層化する」「定位置に戻すことをゲームにする」といったアイデアが出ました。「気持ちが落ち着かない」という精神的な負担軽減のためには、「完璧を目指さない」「小さな場所から始める」「片付けた後のご褒美を設定する」「片付けを習慣化するためのトリガーを設定する」といったアプローチを考えました。
アイデアを発想する際には、ブレインストーミングの要領で、質よりも量を重視しました。実現可能性や効果は一旦脇に置き、とにかく多様な選択肢を生み出すことに注力しました。
次に、これらのアイデアを「絞り込み」ました。絞り込みの基準としては、定義した課題(探し物が多い、集中できない、気持ちが落ち着かないなど)に対してどの程度効果が期待できるか、自身の性格やライフスタイルにフィットするか、無理なく継続できそうか、といった点を考慮しました。例えば、QRコード管理は魅力的でしたが、全てのモノに適用するのは負担が大きいと判断しました。最終的に、「定位置管理の導入」「少量・短時間での片付けの習慣化」「デジタルツール(写真管理など)の活用」といったアイデアを中心に、具体的な行動計画へと繋げることにしました。
具体的な行動計画と試行:プロトタイプ作成とテストフェーズの実践
絞り込んだアイデアを基に、具体的な行動計画として「プロトタイプ」を作成し、「テスト」を実行しました。デザイン思考におけるプロトタイプは、必ずしも完成されたものである必要はなく、アイデアを検証するための「試作品」です。私の場合は、大規模な模様替えや断捨離ではなく、小さく試せる行動を設定しました。
最初のプロトタイプは、「デスクの引き出し一つだけを対象に、中身を全て出して不要なものを手放し、使用頻度に応じて定位置を決める」というものでした。これは「探し物が多い」「気持ちが落ち着かない」という課題の両方にアプローチできると考えました。
実際にこのプロトタイプを実行しました。引き出しの中身を全て出すだけでも気が重いものでしたが、作業を進めるうちに、何年も使っていないモノや、なぜここにあるのか分からないモノが大量にあることに気づきました。それらを「必要」「不要」「保留」に分け、不要なものは手放すことにしました。次に、残った必要なモノの使用頻度を考慮して、引き出し内の定位置を決めました。
テストとして、その後一週間、引き出しの中のモノを使ったら必ず定位置に戻すことを意識しました。この小さな行動を続けることで、引き出しの中が散らかることがなくなり、モノを探す時間も大幅に削減されました。この成功体験は、他の場所にも適用できる可能性を示唆しました。
次のプロトタイプは、「帰宅後、バッグの中身を全て出すことを習慣化する」というものです。これは、「モノが散らかる起点」の一つであるバッグの中身の放置を防ぐための試みです。これも最初の数日は意識が必要でしたが、次第に習慣として定着していきました。
これらの小さなプロトタイプを実行し、その結果を観察し、必要に応じて計画を修正するというプロセスを繰り返しました。例えば、「定位置を決めても、つい別の場所に置いてしまう」という問題に直面した際は、「よく使うモノは利き手側に置く」「一時置き場を設ける」といった改善策をプロトタイプに組み込みました。
結果と学び
一連のデザイン思考プロセスを経て、「片付けられない」という課題は劇的に解消されたわけではありませんが、明確な改善が見られました。特に、「探し物が多い」という課題については、モノの定位置を決める習慣を部分的に導入したことで、大幅に時間が短縮されました。また、小さな場所から片付ける成功体験を積み重ねることで、「どうせやっても無駄だ」というネガティブな気持ちが和らぎ、「気持ちが落ち着かない」という課題にも一定の効果がありました。
この実践を通じて得られた大きな学びは、以下の点です。
- 課題の本質理解の重要性: 単に「片付けられない」と悩むのではなく、それが引き起こす具体的な不便や精神的な負担に焦点を当てることで、効果的な解決策が見えやすくなること。
- 小さなプロトタイプの有効性: 全体を一度に解決しようとせず、課題の一部に絞って小さく試すことで、失敗のリスクを抑えつつ、成功体験を得やすいこと。また、試行錯誤を通じて自身の行動パターンや最適なアプローチ方法を理解できること。
- 自身の行動パターンと向き合うこと: デザイン思考の共感フェーズは、自分自身の感情や無意識の行動に気づく良い機会となること。これは、片付けに限らず、様々な個人的な課題解決に応用できる視点です。
一方で、デザイン思考を個人的な課題に適用することの限界も感じました。それは、自分自身が「ユーザー」であり「デザイナー」であり「テスト対象者」であるため、客観性を保つことが難しい点です。また、習慣化にはデザイン思考のプロセスを終えた後も、継続的な意識と努力が必要である点です。
結論
自身の「片付けられない」という個人的な課題に対し、デザイン思考のプロセスを適用した実践は、非常に有効なアプローチでした。漠然とした悩みを具体的な課題に落とし込み、多様な解決策を検討し、小さく試行錯誤を繰り返すことで、単なる整理整頓テクニックの適用に留まらない、自身の根本的な行動パターンや思考様式への気づきを得ることができました。
もし、あなたが仕事だけでなく、キャリア、健康、人間関係、趣味など、個人的な悩みや目標に対して構造的にアプローチしたいとお考えであれば、デザイン思考のフレームワークは有効な示唆を与えてくれる可能性があります。まずは、自身の悩みや目標を深く観察し、それがもたらす真の課題は何かを定義することから始めてみてはいかがでしょうか。そして、解決策を考え、小さく試すことを繰り返す。そのプロセス自体が、あなた自身の課題解決能力を高め、新たな学びをもたらしてくれるはずです。