デザイン思考で睡眠の質を改善する実践と記録
個人的な課題としての睡眠の質とデザイン思考への期待
日々の生活において、睡眠は心身の健康に不可欠な要素です。しかし、仕事の忙しさや生活習慣の変化により、私自身も長らく睡眠の質に課題を感じていました。具体的には、寝付きが悪く、夜中に目が覚めてしまうことが多く、朝起きても十分に休息できたという感覚が得られない日々が続いていました。
このような状況は、日中の集中力の低下や気分の浮き沈みにも影響し、個人的な課題として解決の必要性を強く認識していました。ビジネスの文脈でデザイン思考の有用性は理解していましたが、これを自分自身の個人的な悩み、特に「睡眠の質」という、やや掴みどころのない課題に適用することで、何か新しい視点や解決策が見つかるのではないかと期待したのが、この取り組みを始めた背景です。
課題の深掘り:睡眠の「何が」問題なのか(共感・問題定義フェーズの実践)
デザイン思考の最初のステップは「共感」です。この段階では、他者ではなく「自分自身」をユーザーと見立て、自身の睡眠に関する行動や感情を深く理解することに焦点を当てました。
まず、客観的なデータを得るために、睡眠トラッカーアプリを使用して日々の睡眠時間、寝付きにかかった時間、中途覚醒の回数、睡眠の深さなどを記録し始めました。同時に、起床時の気分や日中の眠気についても簡単なジャーナルをつけました。これは、デザイン思考における「ユーザー」のペルソナやジャーニーマップを作成するプロセスを、自分自身に適用したものです。
数週間分のデータを分析した結果、いくつかのパターンが見えてきました。特に、仕事でPC作業を長時間行った夜や、就寝直前までスマートフォンを見ていた夜は、寝付きが悪く、中途覚醒が多い傾向があることが分かりました。また、平日に睡眠時間が不足すると、週末に寝だめをしてしまい、かえって体内時計が乱れるという悪循環も見られました。
これらの客観的なデータと自身の内省を組み合わせることで、当初漠然としていた「睡眠の質が悪い」という課題を、より具体的な問題定義へと落とし込むことができました。私の場合の「真の課題」は、「就寝前のブルーライトや脳の覚醒状態が、スムーズな入眠と深い睡眠を妨げている」そして、「週末の不規則な睡眠パターンが、平日を含む全体の睡眠リズムを崩している」の二点に集約されると考えました。
解決策の模索:多様なアイデアと自身のフィット感(アイデア創出フェーズの実践)
問題が定義できた次に、これらの課題に対する解決策を幅広く発想する「アイデア創出」フェーズに進みました。ここでは、ブレインストーミングの手法を一人で行いました。前述の課題に対して、思いつく限りの解決策をリストアップしていきました。
発想されたアイデアには、以下のようなものがありました。
- 就寝1時間前からのデジタルデバイス使用禁止
- 寝室を完全に遮光・静音化する
- 寝る前に温かい飲み物を飲む
- 軽い読書やストレッチを行う
- アロマや音楽を活用する
- 寝具(枕、マットレス)を見直す
- カフェインやアルコールの摂取時間を制限する
- 毎朝同じ時間に起きる習慣をつける
- 瞑想や呼吸法を取り入れる
- 日中に適度な運動を取り入れる
これらのアイデアをただ羅列するだけでなく、それぞれの実現可能性(今の生活に取り入れやすいか)、コスト(経済的負担)、そして「自分自身の性格や生活習慣にフィットするか」という観点から評価を行いました。例えば、高価な寝具への買い替えは実現可能性やコストの面で優先度を下げ、デジタルデバイスの使用制限や寝室環境の調整など、比較的手軽に始められるものに注目しました。
この段階で重要なのは、すぐに実行可能かどうかで判断せず、まずは多様な可能性をリストアップすること、そしてその中から自分にとって最も効果がありそうな、あるいは試しやすいものを選ぶというプロセスです。
具体的な行動計画と試行:小さく始めて検証する(プロトタイプ作成・テストフェーズの実践)
絞り込んだアイデアから、具体的な「プロトタイプ」、つまり行動計画を作成し、実際に試してみる「テスト」のフェーズに入りました。一度にすべてを実行するのではなく、最も効果が見込まれると思われるアイデアから、一つまたは二つを選んで数日間または数週間試してみるというアプローチを取りました。
最初のプロトタイプとして選んだのは、「就寝1時間前からのデジタルデバイス使用禁止」と「毎朝同じ時間に起きる(週末も含む)」の二つです。
具体的な行動計画はこうです。 1. 就寝予定時刻の1時間前になったら、スマートフォンを寝室からリビングに移動させる。 2. PCでの作業は、就寝予定時刻の1時間前には完全に終了する。 3. 平日はもちろん、土日も設定した起床時刻(例:午前7時)にアラームをセットし、必ず起床する。
このプロトタイプを2週間継続して試みました。
テストの結果は、計画通りに進まない日もありました。特に最初の数日間は、ついリビングでスマートフォンを触ってしまい、気付くと就寝時間が迫っているということもありました。しかし、その度に記録を振り返り、「なぜうまくいかなかったのか」「どうすれば継続できるか」を考えました。例えば、スマートフォンを物理的に遠ざけるだけでなく、家族に寝る前はリビングの共有スペースに置くよう頼む、といった追加の対策を講じました。
この試行期間中も、睡眠トラッカーアプリとジャーナルでの記録を継続しました。プロトタイプ実行前と比較して、寝付きまでの時間が平均で短縮され、中途覚醒の頻度もわずかに減少傾向が見られました。劇的な改善というわけではありませんでしたが、朝の目覚めが以前よりすっきりする日が増えたという実感はありました。
結果と学び:実践を通じて得られた洞察
2週間のプロトタイプとテストを通じて、睡眠の質は完全に課題が解消されたわけではありませんが、着実に改善の兆しが見られました。特に、就寝前のデジタルデバイス使用を控えることで、脳がリラックス状態に入りやすくなったことを実感しています。また、毎朝同じ時間に起きる習慣は、日中の活動リズムを整える上で非常に有効であると感じました。
この個人的な課題解決プロセスを通じて、デザイン思考の有効性を改めて認識しました。
- 「共感」フェーズの重要性: 漠然とした悩みも、自分自身を深く観察し、客観的なデータを収集することで、問題の核心が見えてくる。
- 「問題定義」の解像度: 課題を具体的に定義することで、解決策の方向性が明確になる。私の場合は、「睡眠時間が短い」ではなく、「就寝前の脳の覚醒」が問題であると特定できたことが大きかった。
- 「アイデア創出」の幅広さ: 解決策は一つではなく、多様な選択肢の中から自身に合ったものを見つけ出す視点が重要である。
- 「プロトタイプとテスト」の価値: 理論だけでなく、小さく始めて実際に試すことで、机上の空論ではないリアルな学びが得られる。失敗から学ぶことの重要性も再確認しました。計画通りにいかないことや、予期せぬ結果から得られる洞察こそが、次の改善につながる原動力となります。
一方で、デザイン思考を個人的な課題に適用する上での限界も感じました。それは、自分自身がユーザーであり、かつデザイナーでもあるため、客観性を保つことの難しさです。内省には主観が入りやすく、バイアスがかかる可能性もあります。可能であれば、信頼できる他者(家族や友人など)に観察者やフィードバック提供者となってもらうことで、より多角的な視点を取り入れられると感じました。
結論:デザイン思考を「自分のため」に使う
今回の睡眠の質改善に向けたデザイン思考の実践は、私にとって非常に価値のある経験となりました。ビジネスの現場で培った思考法を、自分自身のウェルビーイング向上のために活用できることを実感したのです。
個人的な課題は、ビジネスの課題ほど構造化されていなかったり、感情や習慣といった非論理的な要素が絡んだりするため、デザイン思考のプロセスをそのまま適用するのが難しく感じるかもしれません。しかし、共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ、テストというフレームワークを通じて自身の状況を整理し、具体的な行動に落とし込んで検証するアプローチは、どのような個人的な悩みや目標に対しても有効な示唆を与えてくれるものと考えます。
もしあなたが、漠然とした悩みや達成したい個人的な目標を抱えているならば、一度デザイン思考のレンズを通して自身の状況を捉え直してみてはいかがでしょうか。自分自身を最も重要な「ユーザー」として理解し、小さな一歩からでも具体的な行動(プロトタイプ)を始めてみることで、きっと新たな発見や前進が得られるはずです。この記録が、誰かの「マイデザイン思考ノート」を始めるきっかけとなれば幸いです。