デザイン思考で自身の専門性を広げるための学習テーマ選定プロセスと記録
はじめに:専門性を広げたいという漠然とした課題
日々の業務に追われる中で、自身の専門性をさらに深め、あるいは新たな分野に広げたいという思いは常に抱いていました。特に、テクノロジーの進化や市場の変化が速い現代において、立ち止まっていることは後退に等しいと感じていたからです。しかし、「何を学ぶべきか」「どのように学べば効果的か」という問いに対する明確な答えを見つけられずにいました。インターネット上には無数の学習リソースやテーマが溢れており、どれも魅力的に見え、かえって選択を難しくしていました。
このような状況に対し、私は仕事で触れる機会のあったデザイン思考のアプローチを適用してみることを思い立ちました。デザイン思考は、ユーザーの課題を深く理解し、創造的な解決策を生み出すためのフレームワークですが、これは自身のキャリアや学習に関する個人的な課題に対しても有効なのではないかと考えたのです。この記録では、デザイン思考のプロセスを用いて、自身の新しい学習テーマを選定し、実践に至るまでの道のりを紹介します。
課題の深掘り:内省と対話を通じたニーズの特定
デザイン思考の最初のフェーズである「共感」と「問題定義」は、自身の内面と外部環境への深い理解から始まりました。
まず、自身の内省として、これまでのキャリアで培ってきたスキル、現在の業務内容、将来的に目指したい姿、純粋な興味関心などを洗い出しました。 SWOT分析の個人的なバージョンとして、自身の「強み」「弱み」「機会」「脅威」を棚卸しすることも試みました。特に「弱み」や「機会」の項目からは、どのような学習が有効であるかのヒントが得られます。この過程で、「データ分析の基礎知識が不足している」「新しいプロジェクトの企画立案において、テクノロジー動向への理解が追いついていない」といった具体的な課題意識が浮かび上がりました。
次に、外部からの視点を得るために、信頼できる同僚や先輩、あるいは他分野で活躍する友人とのカジュアルな対話を行いました。これは、ビジネスにおけるユーザーインタビューに相当します。「今後どのようなスキルが重要になるか」「私の強みを活かすために、どのような知識を補強すべきか」といった率直な意見を求めました。驚いたのは、自分では気づかなかった自身の強みや、意外な学習テーマの提案があったことです。例えば、「企画職としては、技術の表層的な理解だけでなく、その技術がビジネスにどう応用されるか、顧客にどのような価値をもたらすかという視点が重要」というアドバイスは、単なる技術習得にとどまらない学びの方向性を示唆してくれました。
これらの内省と対話の結果を整理し、いくつかの潜在的なニーズや課題を特定しました。そして、「これらのニーズや課題を解決するために、具体的にどのような学習が必要か」という問いを立て、「問題定義」を行いました。最終的に、最も優先度が高く、自身のキャリア目標達成に直結すると考えられた課題は、「急速に変化するビジネス環境に対応するため、企画立案能力を強化し、データに基づいた意思決定ができるようになること」と定義されました。そして、これを解決するための学習テーマとして、「ビジネスに役立つデータ分析の基礎と応用」「最新テクノロジーのビジネス応用事例」といった方向性が見えてきました。
解決策の模索:アイデア発想と絞り込み
明確になった課題に対し、次にデザイン思考の「アイデア創出」フェーズを適用しました。定義された課題「企画立案能力の強化とデータに基づいた意思決定」を解決するための具体的な学習テーマや学習方法を、質より量を意識して発想しました。
発想段階では、「データ分析」「AI」「DX」「クラウド技術」「デザイン思考(応用)」「マーケティング」「統計学」「プログラミング(Pythonなど)」「特定の業界知識」「MBA取得」といった様々なキーワードを挙げ、それらをさらに細分化しました。例えば、「データ分析」であれば、「Excelでの分析」「BIツールの活用」「SQL」「Pythonでのデータ処理」など、具体的な技術やツールレベルまでブレイクダウンします。
次に、これらのアイデアを現実的な選択肢として絞り込むプロセスに入りました。ここでは、以下の基準で評価を行いました。
- 課題解決への貢献度: 定義した課題「企画立案能力の強化とデータに基づいた意思決定」にどの程度直接的に貢献するか。
- 自身の興味関心: 純粋に学びたいと思えるか。継続のモチベーションに繋がるか。
- 実現可能性: 学習に必要な時間、費用、自身の現在のスキルレベルから見て、現実的に習得可能か。
- リソース: 良質な教材や学習環境が利用できるか。
- 継続可能性: 忙しい中でも学習を継続できる方法か。
これらの基準に基づき、いくつかの候補を比較検討しました。例えば、MBA取得は包括的な学びが得られますが、時間的・費用的な負担が大きいという現実的な課題があります。一方、特定のプログラミング言語習得は、データ分析には役立ちますが、企画職としての広範な課題解決には直結しにくい可能性があります。
様々な選択肢を比較した結果、「ビジネスに特化したデータ分析の基礎(ツール活用と簡単な統計)」と「最新テクノロジーのビジネス応用事例の継続的なインプット」の二つを主な学習テーマとして選びました。これらは、自身の課題に直接的に寄与し、かつ既存の業務と関連づけやすく、比較的短い時間単位で学習を進められるため、継続可能性が高いと判断しました。
具体的な行動計画と試行:プロトタイプとテスト
絞り込んだ学習テーマに基づき、デザイン思考の「プロトタイプ作成」フェーズとして、具体的な行動計画を立てました。これは、ビジネスにおけるMVP(Minimum Viable Product)のように、小さく始めて検証することを目的としています。
「ビジネスに特化したデータ分析の基礎」については、まず特定のオンライン学習プラットフォームで提供されている入門コースをプロトタイプとして選択しました。目標は、2ヶ月でコースを修了し、業務データの一部を用いて簡単な分析レポートを作成できるようになることとしました。具体的な行動計画は、「平日は毎日30分、週末は1時間学習時間にあてる」「学んだ内容を週に一度、簡単な業務データに適用してみる」といった形で設定しました。
「最新テクノロジーのビジネス応用事例」については、特定のニュースレター購読、業界レポートの定期的なチェック、関連分野の識者によるウェビナー参加などをプロトタイプとしました。目標は、週に最低2つの新しい技術動向とそのビジネスへの示唆を理解することとしました。
これらのプロトタイプを実行に移し、「テスト」を開始しました。結果は、計画通りに進む部分もあれば、予期せぬ課題に直面する部分もありました。例えば、データ分析のオンラインコースは、内容が想定以上に専門的で、30分では理解しきれない日がありました。また、業務の繁忙期には、学習時間を確保するのが困難になることもありました。
こうした課題に対し、計画を柔軟に修正(イテレーション)しました。学習時間が取れない日は、移動中にポッドキャストで関連情報を聞くなど、代替手段を取り入れました。理解が難しい部分は、コミュニティフォーラムで質問したり、関連書籍で補足したりしました。学んだデータ分析の手法を、実際に担当している企画の市場調査データ分析に試験的に適用してみたところ、新たな示唆が得られ、企画内容を具体化するのに役立ちました。これは、学んだことが業務に活かせるという、非常に大きなモチベーションとなりました。
結果と学び:実践からの洞察
約3ヶ月間、これらのプロトタイプ(学習計画)を実行し、検証した結果、当初設定した目標はある程度達成することができました。データ分析のオンラインコースは予定より少し遅れましたが修了し、業務データを用いた簡単な分析レポートを作成するスキルが身につきました。テクノロジー動向についても、定期的なインプットにより、会話や企画立案の際に以前より自信を持って情報を提供できるようになりました。
この実践を通じて得られた学びは多岐にわたります。まず、デザイン思考のプロセスを個人的な課題に適用することで、漠然とした不安や願望を、具体的な課題定義と実行可能な行動計画に落とし込めることが分かりました。特に、共感フェーズでの内省と他者との対話は、自身の真のニーズや盲点に気づく上で非常に有効でした。アイデア創出フェーズでの多様な選択肢の検討と構造的な絞り込みは、情報過多の中で最適な選択をする手助けとなります。
また、プロトタイプとテストのフェーズは、計画通りに進まない現実を受け入れ、柔軟に修正していくことの重要性を教えてくれました。完璧な計画を立てるよりも、小さく始めて試行錯誤を繰り返すことの方が、現実的な目標達成には不可欠であると実感しました。これは、デザイン思考の反復的な性質が、個人の成長においても極めて有効であることを示しています。
一方で、個人的な課題に対するデザイン思考の適用には限界があることも理解しました。例えば、外部環境の変化(技術トレンドの急変や業務内容の変化)は常にあり、一度定めた学習テーマや計画も、状況に応じて見直す必要があります。また、個人のモチベーションや体調といった内的な要因も、計画の実行に大きく影響します。デザイン思考はこれらを完全にコントロールすることはできませんが、自身の状態を客観的に観察し、必要に応じて計画を調整するという姿勢は、デザイン思考の「テスト」フェーズにおける観察と改善の考え方と通じるものがあります。
結論:個人の課題解決ツールとしてのデザイン思考
自身の専門性を広げるための学習テーマ選定という個人的な課題に対し、デザイン思考のプロセスを適用した今回の試みは、非常に有益なものでした。このアプローチにより、感情的・感覚的に判断しがちな自己投資の意思決定を、構造的かつデータ(自身の内省や他者の意見)に基づいて行うことが可能になりました。
重要なのは、デザイン思考の各フェーズを厳密に守ることではなく、その考え方(ユーザー中心、課題定義、多様なアイデア、プロトタイピング、テストと反復)を自身の状況に合わせて柔軟に応用することです。共感と問題定義で「本当に解くべき課題は何か」を見定め、アイデア創出で「可能な選択肢」を広げ、プロトタイプとテストで「小さく試して学ぶ」というサイクルは、キャリアの悩み、習慣の改善、人間関係の構築など、様々な個人的な課題に応用できるポテンシャルを持っています。
もしあなたが、私と同じように、解決したい個人的な悩みや達成したい目標がありながら、何から手をつけて良いか分からないと感じているのであれば、一度デザイン思考のレンズを通して自身の課題を眺めてみることをお勧めします。きっと、新たな視点や、次の一歩を踏み出すための具体的なヒントが見つかるはずです。この記録が、あなたの「マイデザイン思考ノート」を始めるきっかけとなれば幸いです。