デザイン思考を活用し、運動習慣を定着させた私の試み
運動不足への漠然とした不安と、デザイン思考への期待
日々の仕事に追われる中で、私は長らく運動不足を感じていました。若い頃と比べて明らかに体力が落ち、健康診断の結果にも懸念が見え始めていたのです。漠然とした不安を抱えつつも、「運動しなければ」と思うだけで、具体的な行動に移せず、たまに始めても三日坊主で終わってしまう、ということを繰り返していました。
仕事では、新規プロジェクトの企画にデザイン思考を取り入れ、顧客の本質的なニーズを探り、多様なアイデアを形にしていくプロセスを経験していました。その中で、この思考法が単なるビジネスフレームワークに留まらず、複雑な問題に対するアプローチとして非常に有効であると感じるようになりました。そこで、自身の長年の悩みである「運動習慣の定着」という個人的な課題にも、このデザイン思考のアプローチを適用してみようと考えたのです。
なぜ運動が続かないのか? 本質的な課題を探る(共感・問題定義フェーズ)
デザイン思考の最初のステップは「共感」です。私の場合は、まず自分自身を深く理解することから始めました。なぜ過去に運動が続かなかったのか、その時の感情や状況を振り返りました。
- 内省: 忙しい日の夜に疲れて帰宅した後では、外出して運動する気力が湧かない。単調なトレーニングはすぐに飽きてしまう。目に見える成果が出ないと、モチベーションが維持できない。完璧にやろうとして、少しでも計画が崩れると全て諦めてしまう。これらの要因が浮かび上がりました。
- 情報収集(自己観察・記録): 1日のタイムスケジュールを詳細に記録し、どこに運動を取り入れる時間がありそうか、その時間帯の自分の心身の状態はどうかを観察しました。また、過去に試した運動とその時の感情を書き出しました。
これらの内省と観察から、運動が続かない本質的な課題は、「『やらなければならない』という義務感からくる苦痛」と、「自分のライフスタイルや性格に合わない方法を選んでしまうこと」にあるのではないか、と仮説を立てました。そこで、今回のデザイン思考実践における「解決すべき問題」を、「楽しく、無理なく、自分の生活に取り込める運動習慣を確立する」と定義しました。単に運動すること自体ではなく、「継続できる仕組み」と「ポジティブな感情」に焦点を当てることにしたのです。
多様な可能性を探る(アイデア創出フェーズ)
定義した課題に対し、次に多様な解決策のアイデア出しを行いました。ブレインストーミングのように、実現可能性を一旦考慮せず、思いつく限りの運動方法や、運動を楽しく継続するための工夫をリストアップしました。
- 自宅トレーニング(動画を見ながら、アプリ、ゲーム)
- ジムに通う
- 近所をウォーキング/ジョギング
- 自転車に乗る
- オンラインフィットネスレッスン
- スポーツ教室(ヨガ、ダンス、武道など)
- 友人と一緒に運動する
- 音楽を聴きながら運動する
- 運動記録をつける/共有する
- 目標達成時の小さなご褒美
これらのアイデアを、先ほど深掘りした自身の課題(時間が無い、疲れている、飽きやすい、一人だと続かないなど)やライフスタイルとのフィット感を考慮しながら絞り込んでいきました。例えば、仕事で帰宅が遅い日が多いことから、ジムや特定の時間に開催されるスポーツ教室は継続が難しいと考えました。また、単調さを避けるためには、変化のあるプログラムやゲーム性のあるものが良さそうだと判断しました。
試行錯誤を繰り返す(プロトタイプ作成・テストフェーズ)
絞り込んだアイデアの中から、いくつかの「プロトタイプ」、つまり具体的な行動計画を作成し、実際に試してみました。そして、それぞれが私の生活にどの程度フィットするか、継続できそうかを評価しました。
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プロトタイプ1:YouTubeのトレーニング動画を見ながら自宅で筋トレ(週3回目標、1回20分)
- テスト: 最初の1週間は新鮮で続けられましたが、次第に動画を探すのが面倒になり、一人で黙々とやることに飽きを感じ始めました。効果もすぐには実感しにくく、モチベーションが低下しました。
- 学び: 動画探しに手間がかかる、一人での継続は難しい、即効性がないとモチベーションが維持しにくい。
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プロトタイプ2:フィットネスゲーム(Nintendo Switch)での運動(毎日目標、1回30分)
- テスト: ゲーム要素があるため楽しく、運動しているという感覚よりも「遊んでいる」感覚で取り組めました。負荷も適切で、達成感もありました。しかし、ゲーム機の準備や片付けが、疲れている日には少し億劫に感じられることがありました。また、長時間確保する必要があるため、忙しい日にはスキップしてしまうこともありました。
- 学び: ゲーム性は継続に有効。しかし、手軽さも重要。まとまった時間確保が難しい場合がある。
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プロトタイプ3:スマートフォン向けフィットネスアプリの活用(週4回目標、1回10-15分)
- テスト: アプリは起動するだけなので非常に手軽です。様々なトレーニングプログラムがあり、気分や体調に合わせて短時間から選べる点が魅力でした。特に10分程度のプログラムは、仕事で疲れて帰った日でも「これくらいならできる」と思えました。運動記録が自動的に蓄積され、自分の頑張りが可視化されることもモチベーション維持に繋がりました。通知機能で運動をリマインドしてくれるのも有効でした。
- 学び: 短時間でも毎日/頻繁にできる手軽さが重要。進捗の可視化やリマインダー機能は有効。多様な選択肢があると飽きにくい。
このように、いくつかのプロトタイプを実際に試し、それぞれの利点と課題を評価しました。結果として、手軽さ、多様性、進捗の可視化といった点でフィットネスアプリが最も私に合っていると判断し、これを中心とした運動習慣を確立していくことにしました。うまくいかなかったプロトタイプも、「なぜうまくいかなかったか」という貴重な学びとなり、次のアイデアを考える上で役立ったのです。
定着への道のりと、実践を通じた学び
フィットネスアプリを使い始めて数ヶ月が経過しましたが、週3〜4回のペースで運動を継続できています。以前のような「やらなければ」という義務感は薄れ、運動後の体の軽さや心地よさを感じられるようになり、「やりたい」という気持ちで取り組める日が増えました。
この個人的なデザイン思考の実践を通じて、いくつかの重要な学びがありました。
第一に、問題の「本質」を探求することの重要性です。「運動しなければ」という表面的な問題ではなく、「なぜ続かないのか」という根本原因に目を向けたことで、単に運動方法を探すのではなく、「継続できる仕組み」や「心の持ち方」に焦点を当てることができました。
第二に、試行錯誤の価値です。最初から完璧な解決策を見つけようとするのではなく、様々なアイデアを小さなプロトタイプとして試し、その結果から学ぶというプロセスは、自分に最適な方法を見つける上で不可欠でした。失敗は成功の母という言葉がありますが、デザイン思考においては、失敗もまた貴重な「テスト結果」であり、次の改善に繋がるステップであると捉えられます。
第三に、自分自身の感情や状況を客観的に観察することの有効性です。デザイン思考の「共感」フェーズを自分自身に適用することで、自分自身のニーズや制約を深く理解し、それを踏まえた上で解決策を考えることができました。
デザイン思考は、必ずしも革新的な製品やサービスを生み出すためだけのものではありません。私自身の経験から、キャリアやスキルアップ、人間関係、健康管理といった個人的な課題に対しても、そのフレームワークを適用することで、漠然とした悩みを整理し、具体的な行動計画を立て、試行錯誤しながら解決への道筋を見出すための強力なツールとなり得ると実感しました。
結論
運動習慣の定着という個人的な課題にデザイン思考を適用した私の試みは、自分に合った方法を見つけ、習慣を確立する上で非常に有効でした。このプロセスは、完璧な計画を立てることよりも、まず小さな一歩を踏み出し、試行錯誤を通じて学び、改善を繰り返すことの重要性を示しています。
もしあなたが、キャリアの方向性に悩んでいたり、新しい趣味を見つけたいと考えていたり、あるいは私のように健康習慣を身につけたいと思っているなら、ぜひ一度デザイン思考のアプローチを試してみてはいかがでしょうか。自身の課題を深く理解し、多様な可能性を探り、小さなことから試し、そこから学ぶというプロセスは、あなたの個人的な目標達成に向けた強力な後押しとなるはずです。