デザイン思考で複数のキャリアパスから納得のいく選択をする実践記録
複数のキャリアパスを前に立ち止まった時
自身のキャリアについて考える機会は、多くの方にとって重要なライフイベントの一つであるかと存じます。私自身も、数年ごとに自身のスキルや経験の棚卸しを行い、今後の方向性について内省する時間を設けてまいりました。ある時、これまでの経験の延長線上にあるキャリアパスだけでなく、異業種への転職、独立、社内での他部門への異動など、複数の可能性が具体的な選択肢として見えてきた時期がありました。
それぞれの選択肢には魅力がありましたが、同時に未知のリスクや不確実性も伴います。どの道を選択することが、自身の長期的な幸福や成長に最も繋がるのか、判断に迷い、立ち止まってしまう状況に陥りました。このような状況下で、業務で活用しているデザイン思考のフレームワークを、個人的なこの大きな意思決定プロセスに応用できないかと考えたのが、本記録の出発点となります。単に論理的に比較検討するだけでなく、自身の内面に深く共感し、多様な可能性を試し、納得感を伴った意思決定を目指しました。
課題の深掘り:自身と向き合う「共感」と「問題定義」
まず取り組んだのは、自身の内面と深く向き合うプロセスでした。これはデザイン思考でいう「共感」フェーズに相当します。キャリア選択における自身の真の欲求、価値観、そして不安を明確にすることを試みました。
具体的には、まず「キャリアにおいて最も重要だと感じていることは何か」を問いかけ、ノートに書き出しました。収入、やりがい、成長機会、ワークライフバランス、人間関係、社会への貢献など、様々な要素を洗い出し、優先順位をつけました。次に、それぞれのキャリアパス案について、「もしこの道を選んだら、5年後、10年後はどうなっているだろうか」という未来のシナリオを想像し、そこから生まれる感情(期待、不安、興奮など)を丁寧に観察しました。
さらに、信頼できる家族や友人、以前の同僚、そしてキャリアメンターなど、複数の関係者と対話する機会を設けました。彼らに私のキャリアパス案について話を聞いてもらい、率直な意見や私自身に対する客観的な評価、懸念などを聞かせてもらいました。他者からの視点は、自分一人では気づけなかった盲点や、自身の強み・弱みを改めて認識する上で非常に有効でした。
これらの内省と対話を通じて見えてきたのは、「単に条件が良い道を選ぶのではなく、自身の成長とwell-beingが両立できる道を選びたいが、具体的にそれがどのような状態を指すのか不明確である」という、より本質的な課題でした。また、「新しい環境への適応に対する潜在的な不安」も大きな障壁となっていることに気づきました。デザイン思考の「問題定義」フェーズとして、これらの気づきを元に、「自身の成長とwell-beingを両立できるキャリアパスとは何かを明確にし、新しい環境への適応不安を乗り越えて一歩を踏み出すための意思決定を行う」という課題を定義しました。
解決策の模索:「アイデア創出」と選択基準の明確化
課題が明確になった後、次は解決策、すなわち「どのキャリアパスが最も自身に適しているか」を探るための「アイデア創出」フェーズに進みました。ここでは、最初にリストアップした複数のキャリアパス案を改めて検討し、それぞれの可能性を様々な角度から深掘りしました。
単に各パスのメリット・デメリットを列挙するだけでなく、「もしAのパスを選んだ場合、どのような新たな成長機会が得られるか」「Bのパスのリスクを最小限に抑える方法はないか」「Cのパスで自身の経験がどのように活かせるか」といった問いを立て、可能性を広げる思考を試みました。ブレインストーミングのように、実現可能性にとらわれず、一旦は多様な視点から各パスの側面を洗い出しました。
このプロセスで特に意識したのは、定義した課題「自身の成長とwell-beingを両立」という観点から、各パスを評価することです。そのため、「成長機会」「得られるスキル」「働き方の柔軟性」「精神的な充実感」「長期的なキャリア展望」といった具体的な評価軸を設定し、それぞれのパスがこれらの軸に対してどの程度貢献しそうか、主観的な評価と、収集した情報に基づいた客観的な評価の両面から検討しました。
絞り込みの段階では、設定した評価軸における総合的なスコアに加え、自身の最も重視する価値観(例:安定性よりも挑戦、収入よりもやりがいなど)との整合性を繰り返し確認しました。また、各パスを選択した場合に発生しうる「最悪のシナリオ」と「最高のシナリオ」を具体的に想像し、自身がどの程度のリスクを許容できるかについても内省しました。この段階で、当初魅力的だと感じていたパスが、自身の深層にある価値観とは必ずしも一致しないことに気づき、候補から外す判断も行いました。最終的に、最も納得感の高い2つのキャリアパス案に絞り込みました。
具体的な行動計画と試行:「プロトタイプ」と「テスト」
絞り込んだ2つのキャリアパス案について、机上の検討だけでなく、実際に小さな「プロトタイプ」を作成し、「テスト」を行うフェーズに移りました。これは、意思決定の精度を高め、実際にそのパスを選んだ際のリアリティを感じるための重要なステップです。
例えば、Aという異業種への転職を検討しているパスについては、その業界の現職者数名にコンタクトを取り、カジュアルな情報交換をお願いしました。彼らの仕事内容、キャリアパス、業界の雰囲気、働きがいや苦労について直接話を伺うことで、インターネット上の情報だけでは得られない生の声や感覚を得ることができました。これは、その業界で働くことの「リアルな体験」を試すプロトタイプの一つと位置付けられます。
Bという社内異動のパスについては、異動希望先の部署の業務に関連する社内研修への参加を申請したり、その部署のプロジェクトに一時的に関わらせてもらう機会を得られないか、上司に相談したりしました。これも、実際にその仕事に触れてみることで、自身の適性や興味をテストする試みです。
これらのプロトタイプとテストを通じて、それぞれのパスに対する自身の感情や適性について、新たな気づきが得られました。情報収集の段階では見えなかったやりがいや、想定していなかった難しさなどが明らかになり、どちらのパスがより自身の定義した課題解決に繋がりそうか、より具体的な感触を持って判断できるようになりました。特に、人から直接話を聞くというプロトタイプは、表面的な情報だけでなく、そのキャリアパスに伴う人々の感情や経験に触れることができ、自身の共感を深める上でも非常に価値がありました。
結果と学び:意思決定プロセスを振り返る
最終的に、私は絞り込んだ2つのパスのうち、一方を選択し、新たなキャリアへの一歩を踏み出す決断をいたしました。この意思決定プロセスは、単に情報を集めて論理的に比較するだけでは得られなかった、自身の内面との深い対話と、未来の可能性を小さく試してみるという実践によって成り立っています。
デザイン思考のフレームワークをキャリア選択という個人的な課題に適用してみた結果、最も有効だと感じた点は二つあります。一つは、「共感」フェーズを通じて自身の真の欲求や不安を深く理解できたことです。これにより、表面的な条件に惑わされることなく、自身の核となる価値観に基づいた判断が可能となりました。もう一つは、「プロトタイプ作成」と「テスト」を通じて、選択肢を「考える」だけでなく「体験する」ことができた点です。これにより、未来の自分を具体的に想像しやすくなり、意思決定に対する納得感と腹落ち感が格段に高まりました。
一方で、課題もありました。デザイン思考は本来、他者の課題解決に焦点を当てますが、今回は自分自身の課題です。自分自身への「共感」は、客観性を保つのが難しく、感情や主観に流されやすい側面があることを認識しました。そのため、他者との対話や、意識的に客観的な情報を収集する努力が不可欠であると学びました。また、プロトタイプとして試せることには限界があり、すべての側面を事前に検証できるわけではないという点は、現実的な限界と言えるでしょう。
結論:大きな決断にデザイン思考を
個人的な大きな意思決定、特に複数の選択肢があり、不確実性が伴うキャリア選択のような場面において、デザイン思考のアプローチは非常に有効であると私の経験から感じています。自身の内面に深く「共感」し、解決すべき真の「問題」を定義し、多様な「アイデア」(選択肢)を検討し、小さな「プロトタイプ」で可能性を「テスト」するプロセスは、単なる比較検討を超えた、納得感を伴う意思決定をサポートしてくれます。
もし今、あなた自身も人生の分かれ道に立ち、どのような道を選ぶべきか迷われているのであれば、ぜひデザイン思考の考え方を自身の意思決定プロセスに取り入れてみることをお勧めいたします。自身の内なる声に耳を傾け、信頼できる他者と対話し、そして小さくとも行動を起こして可能性を試してみる。その試行錯誤の過程こそが、あなた自身の未来をデザインし、納得のいく一歩を踏み出すための羅針盤となるはずです。